
ここ数年の化粧品技術者の学会でタカラベルモントの毛髪関連の研究発表が質・量ともに非常に充実している印象があります。最新の研究をご紹介いただけますか?
私は2023年にパーマについての研究を発表しました。多くのヘアスタイリストが悩んでいる「ビビリ毛」がテーマです。パーマや縮毛矯正をかけると予期せず縮れた状態になることがあり、それを「ビビリ毛」と呼びますが、その発生条件と理由を明らかにしようとしています。この解明には毛髪内部のどの部分で何が起こっているのかを知る必要があるのですが、当研究部には独自のイメージング技術があり、毛髪の内部がどんな組成になっているかを細密に可視化できます。これは研究における大きな強みです。

私は毛髪内の超硫黄分子について研究しています。超硫黄分子とは体内に存在する抗酸化や抗炎症などの作用がある物質で、活性酸素の働きをコントロールして老化を防ぐことにも役立つと、今健康分野で注目を集めています。最近それが毛髪内に存在することが判明しました。そこから研究を始めたのですが、イメージング技術は超硫黄分子が毛髪内のどこにあるかを教えてくれたので場所によって役割が変わることが早い段階から分かりました。
イメージング技術による観察は私たちの研究の基盤です。私は2024年のIFSCC(化粧品業界のワールドカップと呼ばれる技術者の世界大会)で「ブリーチしやすい髪としにくい髪の違い」について発表しました。複数の人種の髪を調べた結果、メラニンの量だけでなく、毛髪内部でメラニンがコルテックスの外側にあるのか内側にあるのかといった所在の違いも影響することが分かりました。これもやはりイメージング技術があってこそです。
イメージ画像が非常に鮮明なので、発表の際に「どのように撮影しているのですか?」と他の研究者から質問されることも多いです。
多くの成果をもたらしたタカラベルモントの「イメージング技術」について詳しく教えていただけますか?
二つの技術を掛け合わせています。基盤は毛髪をスライスする技術にあります。特に縦にスライスして切片を作る技術の確立には5年を要し、今もなお進化させ続けています。縦切りの切片ができたことで、縦方向に連続した内部構造を染め分けることが可能になり、髪の構造を詳細に可視化できるようになりました。ちなみに毛髪を横方向にスライスした場合は、毛髪切片の厚さは0.01ミリ、直径は0.08ミリ。これは1円玉の厚さの約1/150で、直径は約1/250。視認するだけでも難しいです。私たちはこれを独自の染色技術でさまざまな内部構造を染め分け、多彩な情報を取得することを実現できています。
気が遠くなるようなミクロの世界ですが、それを実験で大量に行うなんて、想像するだけで大変なことです。地道な作業を続けられたのですね。
毛髪は横断面(輪切り)で観察するのが一般的です。縦スライスは従来、化学的処理をして切ることが前提で、自然な状態のままでは困難でした。最初は縦方向のスライスがゴボウのささがきのようになってしまったり厚さが不均一で、表面にも凹凸ができてしまったりするような状態でした。転機となったのは動物園に特別に協力いただき、自然に抜け落ちた多種多様な動物の毛や羽根のサンプルから内部構造の解析に取り組んだことです。そんなさまざまな経験を重ね、今では柔らかい毛根部分も含めたスライスができるようになりました。
毛髪はキューティクル、コルテックス、メデュラの三層構造になっていますが、縦切り技術により未知だった芯のメデュラも解析可能になりました。その結果、メデュラ処理で髪の見た目を改善する「ヘアメデュラケア」技術を確立できました。

もうひとつ掛け合わせたのは染色の技術ですか?
はい。こちらの工程も大きな壁でした。従来の方法では染める際に切片を見失いやすく、膨大な手間がかかっていました。そんな中、ふと恩師が雑談の中で話していたアイデアを思い出して応用してみたら、簡易的ながら高品質な染色が可能になり、ようやくイメージング技術が完成しました。
萬成はこの染色法を用いてUVが実際には毛髪の内部構造にどのくらいのダメージを与えているか、視覚的にとらえる新たな手法を生み出しました。この研究は染色が毛髪のダメージレベルの指標になりえるという発見でもあります。私はこの知見からヒントを得て、染まり具合に着目すれば、ダメージ毛をもっと効果的に補修する成分が見つかるのではないかと思ったのです。そこから有効な物質の選別を膨大に続けていった中で、既存のケア剤は内側に留まりにくいことも分かり、最終的に毛髪内部への吸着性のよい、ある特定の成分の組み合わせを発見しました。
これまでと比べると照準が確かで正確性がぐんと上がったヘアケア研究に思えます。2050年の未来では、髪の健康となりたい髪のどちらを取るかではなく、どちらも取れることになりそうで、期待が膨らみますね。
はい。パーマやブリーチなどのケミカル処理の弱点はやはりダメージです。私たちはイメージング技術で「なぜダメージするか」を本質的に追求できます。それが分かれば完全にダメージゼロの世界への到達も夢ではないんです。いつかより幅広い世代の方が自分のヘアスタイルを楽しめる世界になるのではないでしょうか。
そう、どんな世代でもというのが重要です。私の現在のヘアケア研究と、ヘアメデュラケアの技術を組み合わせたら、将来的には一度ダメージした毛髪を完全に元の状態に戻す技術の確立も可能だと思います。年齢に関係なく、何度でも、自分のやりたい毛髪施術ができるような技術を作り上げていきたいです。

イメージング技術はストレスホルモンともいわれるコルチゾールなど、さまざまな体の状態をしめすような生体成分まで可視化できるそうですね。2050年の未来には毛髪から個人の健康リスクを受け取って生活や治療に生かせる仕組みができるのでしょうか。
今私たちが強くつながっている理美容サロンや医院、そしてわれわれのイメージング技術を始めとした解析技術を合わせることで十分に実現可能だと考えます。理美容サロンは多くの方が定期的に通う場所であり、身近な健康チェックの窓口に最適です。私たちがお客様一人ひとりの毛髪と日常のアンケートによるデータを蓄積・分析して医院に共有し、疾病の兆候などがあれば適切な医院を紹介する。これは疾病の早期の診察につなげられるので、医療資源の節約にも貢献できるでしょう。2050年の未来には、理美容サロンが毛髪というツールを介したサステナブルなヘルスケア拠点になるかもしれません。
まさに「美しい人生をかなえる」というタカラベルモントのパーパスを体現していますね。毛髪は生体から切り離せる便利な情報源であるのに、これまで軽視されていたのかもしれません。
ほかにも、毛髪には健康によい物質を含む「素材」としての価値もあります。私の研究している超硫黄分子は毛髪の中では安定的に存在しており、取り出してサプリメントやフィルム素材にすることで宇宙開発にも応用できるかもしれません。今は捨てられている毛髪が、大きな価値を持つのです。
毛髪分野には未知の領域がまだ多く、従来の常識が次々と塗り替えられています。2050年の宇宙時代に向け、私たちの知識追求と発信が、多くの方の美しい人生実現につながれば素晴らしいと思います。