
今回のタカラベルモントのブースのデザインは、「インフレータブル構造」に着想を得たそうですね。宇宙で建築を行うための技術のひとつだそうですが、どういったものなのでしょうか。
「インフレータブル構造」の最大の特徴は、物体を小さく折りたたんで運べることです。地球から宇宙に物体を運ぶには、1キログラムあたり数億円の費用がかかります。「インフレータブル構造」なら構造物の容量が小さくなることから、コストをはじめさまざまな面で注目されています。月などの目的地に着くと自動的にパッと開いて、空間が完成します。
「インフレータブル構造」は、同じ二等辺三角形が延々と連なっているものなど、ひとつの図形を反復させる構造が多く見られます。ですが、今回の展示では多様な美を表現したかったので、形がひとつずつ異なるピースを作り、つないでいます。バラバラの形が集まってひとつの空間を作り上げているさまを、私たち人間の社会になぞらえました。

ピースは反射する仕様なので、展示ブースでは見る角度によって、異なる色やデザインが浮かび上がってきます。来場者は気に入った角度から空間を切り取って写真を撮ってもいいし、ピースに写り込んだ自分の姿を撮ってもいい。何を美しいと感じ、心が惹かれるかは人によって違うと思うので、自分の「好き」を探してほしいなと思っています。
山出先生は都市計画やコミュニティ・デザインが専門ですが、ここ3年ほどは宇宙建築についても研究されています。なぜ、宇宙建築に興味を抱いたのですか。
美の基準は一人ひとり違うということは、私自身、子どもの頃から感じていました。ただ、この道に入ってわかったのですが、建築における美しさの基準ってわりと決まっているんです。数値にしても比率にしても、王道のセオリーがある。それに対して、宇宙にはまだ何の条件もルールもないから、自分の感じる美を自由に表現できる。それが宇宙建築に興味をもった理由のひとつです。
現在、研究しているのは、宇宙居住におけるクオリティ・オブ・ライフ(宇宙QOL:宇宙での生活の質)をデザインの力でいかに高めるか、ということです。この先、人間が宇宙に長期滞在するようになると、地球と違って水も音もグリーンもない閉鎖的な空間で、どうしても気持ちが沈みやすい。その課題を、心を穏やかにするようなインテリアのデザインで解決したいと考えています。
マンガやアニメの世界と違って、人間が宇宙で快適に暮らすにはいろいろなハードルがありそうです。そのハードルを、先生の専門領域で下げていく、と。
そうですね。ただ、閉鎖的というのはデメリットばかりではないとも思っています。今回のタカラベルモントの展示ブースの背景には、こんなコンセプトがあります。宇宙飛行士が宇宙探査に出て、真っ暗闇の中でクリスタルの洞窟を発見し、新たな光を見つけたときに、「本当の美しさとはどこにあるのか」と自らに問う。その自問自答の先に気づきを得ることが、ブースのテーマである「Quantum Leap for Beauty World(クオンタムリープ フォー ビューティ ワールド)~量子飛躍する美の世界へ~」、つまり、美という概念が飛躍的に成長する瞬間なのではないか、というものです。
どういうことかというと、宇宙という閉ざされた空間では、自分と向き合わざるを得ないのではないかと思うんです。自分が何を考えているのか、本当はどうしたいのかなど、おのずと自分と対話するようになるはず。これってものすごく豊かなことで、もしかしたら、宇宙のように極限まで閉鎖的な環境だからこそできることなのかもしれません。

というのも、今の私たちの社会にはあまりにも情報があふれています。自分から行動を起こさなくても、日常を過ごしているだけで、勝手にいろんな情報が入ってきます。そうしているうちに、いつしか私たちは受け身で生きるようになってしまった。それではダメで、自分にとって本当に価値のあるものは、自分で探して取りにいかなくてはならないんです。私たちがその力を取り戻すには、自己対話によって自分の考えや価値観を明確にする必要があります。
「クオンタムリープ」とは量子力学の言葉で、何かが飛躍的にジャンプすることを意味します。自己対話を進める中で、「本当の美とは何か」について考える時間をもつ。そこで一人ひとりが自分なりの答えを導き出すことは、美の概念を飛躍させるにとどまらず、情報過多の現代社会に一石を投じるものになるかもしれない。そんな思いを込めて、展示ブースをデザインしました。
今回のタカラベルモントの展示ブースは自社の商材すら並んでいない、ある意味、情報がそぎ落とされた空間です。そこに込められた意図を伺えてよかったです。先生が最初におっしゃったとおり、美の基準は一人ひとり違うかと思いますが、先生にとっての「本当の美」とはどのようなものでしょうか。
「内面の美」です。それはつまり、他者を思いやる気持ちだと私は考えています。人が集まると必ず揉め事が起こります。そして、宇宙という閉鎖空間では、人はますます揉めやすくなると考えられます。ですが、資源が限られている中で他者と揉めたり争ったりするのは、命取りになるんです。

実はこれって、地球においても同じこと。地球上の資源を奪い合うことは、やがて自らの身を滅ぼすことになります。私の専門分野であるコミュニティ・デザインとは絡まった気持ちの糸をほどくことであり、私が宇宙を研究しているのは、その研究成果が地球をよくすることにつながるからという側面も大きいのです。
隣の人を幸せにできない人は、自分のことも幸せにできません。他者を思いやることさえできれば、人間は地球でも宇宙でも平和に仲良く暮らせます。「本当の美しさ」とは人間にもともと備わっているはずの思いやりの心であり、これは現代も遠い未来も変わらないと思います。他者を思いやることを思い出すことこそが、人間が宇宙に行く準備になるのではないでしょうか。